きもち金持ちのむらから ~天栄・湯本 でどやま物語~

「きもち金持ち」とは、薪がたくさんあると寒い冬も心豊かに暮らせるという意味。自給自足、相互扶助が残る農山村の「豊かさ」を表しています。

Author:星 昇(ほししょう) 旧姓富田。

福島県の山の中で里山再生、地域活性化、子育てしてるアラフォー。職業は写真館、警備員、郵便配達員、水道検針員、自然観察指導、農業、講演など。専門は植物分類学、里山史。天栄村文化財保護審議委員。日本EIMY研究所主任研究員。
現在、天栄村湯本を拠点に自然環境調査や獣害対策アドバイザー、環境教育プログラムの提供などを行う「湯本森・里研究所(ゆもりけん)」の設立準備中。

くらしぶり

よくやってるなって

今年も一年が終わります。
今年は私は40歳になりました。
若者と言われて湯本に来たつもりでしたが、
何か新しいことをやろうにも、
そろそろ限界な歳です。

でも子供は育つ。
自分は衰える。

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歳をとると、はっきりと意見を言えなくなることも増えます。
湯本の人口流出。
湯本の学校統廃合議論。

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昨年から郵便局で働き始めましたが、
そのせいでNPOの運営がおろそかになり、
結局、年明けの2月に郵便局を退職することになりました。

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地域がいろいろうまくいかないのは、
たぶん私のせいなんだと思います。

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ある意味、一年間金を稼ぐことに集中した結果、
地域活動がおろそかになったということは、
この地域はまだ私を必要としているんだろうと。

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どんだけポジティブなんだと言われそうですが、
無理やりですよ。
そうでも思っていないとやってられない。

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でもね、やりますよ。
1月には第一種銃猟免許試験受けます。

なぜかというと、
新しい活動を始めようと思っているからです。

湯本森・里研究所(ゆもりけん)。
湯本の自然環境を調べ、守り、生かす活動を行なう
研究者集団。

イノシシ、シカ、クマ害を中心とした
獣害のアドバイザーや、
環境教育プログラムを収益源とした
新たな組織を作ります。

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「地域活性化」というと聞こえはいいですが、
私がやれることの範疇を超えていた気がします。

私がやれることで収益を産み、
結果としてそれが地域活性化に寄与すれば、
私が湯本にいる意義があるのでは。

やらなければいけないことと、
やれることとの妥協点を見つけないと、
いいかげん、自分を保てなくなってきたということです。

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湯本に来て10年が過ぎ、
地域資源の発掘や、様々な体験プログラムを試行してきました。
それらのうち、自分の専門分野である
自然環境関連部分に特化したものに
集中して取り組んでいく。

「ゆもりけん」ではそういうことをやる予定です。

まずは1月に狩猟免許。
目標があるだけでもありがたいです。

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今年は低迷していましたが、
来年は今年よりはマシにしたいです。

つづく

令和初日は野宿でした

ゴールデンウィークです。
仕事の合間を縫って、羽鳥湖オートキャンプ場へ
螢とキャンプに来ました。

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あいにくの小雨ですが、楽しそう。

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本当は星を見たかったのですが、
この天気では…

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夜…寝静まったころ。
いきなり山から「ドーン!!」という爆発音が。
さすがにほかのお客さんも驚き、
子どもの鳴き声などが聞こえます。

こんな時間に自衛隊が演習?とか思ったのですが、
翌朝考えたら、今日は5月1日。令和初日。
令和の記念イベントをどこかでやっていたんですね。

さすがゴールデンウィークだけあって、
ほぼ満員でした。

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朝のお散歩で、羽鳥湖のやすらぎ橋へ。

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これはクマシデかな?

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エイザンスミレ。
やっと早春植物が動き出したころです。

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雪不足のせいで羽鳥湖も渇水気味。

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でもキャンプは楽しいです。

湯本住民でいちばんキャンプを楽しんでいる自覚アリ。

つづく

お寺の旗竿、若冲展、稲の種まき

4月11日はおそ雪が積もりましたが、

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14日にはそれもすっかり消え、
年度最初の共同作業「堰上げ」でした。

今年の堰上げでは、馬頭観音祭で掲げる五反旗の旗竿の
伐り出し作業を行ないました。

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部落会議では「もうアルミの鉄柱にしてしまったほうが」
などの意見も出たのですが、
予算的な問題と、「風情がない」「できることは自分たちでやるべき」
といった意見があり、従来通り杉の木でつくることに。

個人的にも湯本に来ていろいろなものが
廃止されたり縮小していく中、
もうこれ以上何かがなくなっていくのを見るのはつらく、
この決定はうれしかったです。

でも、高齢化が進めば同じことができなくなるのも必然。
これで最後なのかなあ、などと思ったり。

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駆け足で行きます。
テレビCMを見た螢が「じゃくちゅう見たい!」というので、
家族で福島県立美術館へ行きました。

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美術館周辺には食事をする場所があまりないのですが、
飯坂線の駅へ向かっていたときに、
気になる建物を見つけました。

しかもランチをやっているとか。

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築年代は不明ですが、
趣のある建物。

聞けば、ここはかつて、福島大学の学生が
共同出資して作った合宿所だったのだとか。

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いまはおしゃれな古民家カフェになっています。

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縁側からは桜と飯坂線が眺められました。

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ちょうど行ったタイミングがよかったようです。

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田植えの準備も始まりました。

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親戚が集まって、「結い」での作業。

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村文化財審議委員のお務めも始まりました。

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天栄歴史教室もよろしくお願いいたします。

つづく

湯本小唯一の新入生

半年近く前ですが…
螢の小学校への入学式です。

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自宅スタジオで記念撮影。

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少し前の幼稚園の卒園式では
完璧な姿を見せてくれた螢。

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この日はなんだか落ち着きがありません。

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鼻をかんだり、足をブラブラさせたり。

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記念品授与とかも、なんだか節度感がありません。
でもその場の空気的には和やかでした。

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それよりも、私は撮影係でもあったのですが、
式も終わるかというころに突然
「保護者代表あいさつ 星昇様」と言われて、
ここであいさつするのを知らなかった私は
カメラを持ったまま変な汗かきまくりで、
マイクの前へ行き、アドリブでしゃべりました…
突然のことで緊張し、何をしゃべったかも覚えていません。
ああ思い出したくもない…

教室に行き、最初の学活です。
さっそく注意されています。

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じいちゃんとも記念撮影。

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一人だけの新入生ということで、
新聞でも取り上げていただきました。

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卒園式の記事のときにも書きましたが、
もともと地元にいた家庭の幼稚園生は
湯本幼稚園・小学校の人数の少なさへの危機感から、
より大人数のところへ通っているため、
湯本小学校の入学生は来年度はいまのところゼロです。

今年移住してきたご家庭の子は、今年年中さんなので
再来年の入学予定。
綱渡りのような状況が続いていきます。

ところで…
こうして始まった小学校生活ですが、
子どもというのは、まあ問題を起こしてくれますね…

螢は親が見ていても突出したところがあるなあ、と思う反面、
学校生活の基本的な部分で苦手なところがあり、
周囲に大いなる迷惑をかけているようです。

生長とともに解消されていくこともあろうと思いますが、
湯本小のように小規模校だったことが救いで、
これが大規模校だったりしたら、集団に適応できず
孤立してしまっていたのでは、と思います。

そういう螢にも手厚い指導・教育をしていただける
湯本小学校があってよかった。
予想しなかったことで、超少人数教育の恩恵を
実感しております。

つづく

春の東京旅行2

東京旅行二日目は、まず多摩センターへ来ました。

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ここが、湯本へ来る前に私が勤めていた場所。
多摩市立複合文化施設「パルテノン多摩」です。

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もう退職して10年以上です。
さすがにいろいろな感情がこみ上げてきます。

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楽屋でなぎら健壱さんとカメラ談義したりとか。
小澤征爾が指揮する新日フィルの契約書切ったりとか。

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今につながる、里山史研究を始めたのも、
ここに在籍していたときです。
Adobeのソフトの操作を鍛えられたのもここですね。

でもなんだか、自分がここにいたなんていうことが、
もう現実のこととは思えなくなってきています。

私の後任の学芸員さんは、大学時代からの先輩の
仙仁(せんに)径さん。
息子とおなじ「けい」さん。

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当時は残業が多くて、夜遅くにこの通りを
トボトボと帰ったものです。

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螢も「お父さんがここで働いていたの!」と興奮気味でした。

次に訪れたのは首都大学東京です。
私が通っていた(大学院から)ときは
東京都立大学といっていましたが
その後名前が変わり、
また元に戻るといううわさが。

大学を政治が翻弄するのは本当にやめてほしいものです。

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小さいうちから大学がどんなところか知っておくのも
よいのではと思い、連れてきました。

図書館。
この図書館で論文をコピーしているときに、
なんとなく手に取った本が
小椋純一さんの一連の本で、
日本の山林の変化に驚き、
里山史研究を始めるきっかけになりました。

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ここが私が在籍した植物系統学研究室。
牧野富太郎の標本が数多く収蔵されている、
牧野標本館です。

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私がいたときにはなかった展示スペースができていました。

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研究室におじゃまします(ここからは許可が必要です)。
ここが私が座っていた席。

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実験室。
ここに徹夜でこもって、DNAを使った系統解析をやっていました。

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このポスター、私が作ったやつだ…
まだあるのか。

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当時お世話になった菅原敬先生から、
できたばかりの牧野標本館の別館をご案内いただきました。

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私が在籍した当時から標本庫がいっぱいになりそうだったのですが、
一気に収蔵庫が拡大していました。

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しかし、科の分類がここ数年で大きく変わっており、
慣れるまで大変そう。
といっても私は研究もご無沙汰なのですが…

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生協の食堂で昼食。
大学にレストランがある!と喜んでいました。

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帰るころには、「東京都立大学に行きたい!」
と言うようになっていました。

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ほかにもたくさん大学があるんだよ、と言っておきました。

いい刺激になればよいなと。

つづく
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