天栄・湯本 でどやま物語

これは都会しか知らない若者(だった)著者が、研究で訪れた山村での暮らしに感化されて、地域活性化に取り組み右往左往する物語です・・・

Author:星 昇(ほししょう) 旧姓富田。

博物館学芸員、フリーカメラマンを経て
2009年に大学の研究員として福島県天栄村湯本に移住。
震災直後の2011年5月には地元の女性と結婚し、
「星昇」というベタなアイドルのような名前になる。
現在切り花用リンドウ農家をするかたわら、
地元密着型の写真館や地域活性化のNPOの運営に携わっています。

専門は植物分類学。里山の歴史と資源利用。ネコノメソウ命。

それでは、はじまりはじまり・・・

幻の美女木ジャンクション

急に毛色の違う話題になって恐縮なのですが。

わたしは小学生のころ(30年前)から「道路マニア」、
とくに「インターチェンジマニア」を自認していました。

たまたま父が持っていた道路地図に、国道254号線の英インターや
首都高速の江戸橋インター(当時はジャンクションとは呼ばなかった)の
航空写真が載っていて、その機能美に魅了されたのです。

いまでこそ、昔からあった「古道」や「旧道」趣味だけでなく、
「険道」(険しい県道)や「酷道」(酷い国道)などの
新しいことばも生まれ、ネットの普及とともに
「道路趣味」自体が市民権を得てきた感があります。

ただ、子どものころは周囲に同じ興味を持つ人などおらず、
「我ながら変わった趣味だ」と思っていました。

図書館に行っては市の都市計画図を閲覧して、
「この妙に幅の広い道は、将来国道のバイパスにつながるんだ」とか、
「ここに新しく高速道路ができるんだ」とか、興奮していました。

「首都高のイカの耳」というものがあるのですが
(説明が長くなるので興味のある方はネットで検索してください)、
その存在にも子どものころ気づいていて
(当時はまだそんな呼び名はなかった)、
中央環状線が板橋から江北までつながったときに
そのイカの耳が活用されて、「スゲェ!」と興奮したものです。

まあその興味の中で、実家に近い場所にある
「美女木ジャンクション」が今回の話題です。

名称未設定 1

美女木ジャンクションは道路好きの間では
有名すぎるくらい有名なジャンクションで、
国道17号新大宮バイパスと、併設の首都高5号線、
東京外環道(国道298号と高速)の交差点です。

地上と高架がそれぞれ立体交差するため、
「全国初の5層構造のジャンクション」といわれ、
また首都高と外環自動車道の交差には
高速の交差としては異例の信号機による十字路が
設置されるなど、完成時にはたいへん注目されました。

わたしは小学2年のときにそこそこの大病をして、
月に一度、浦和の自宅から板橋の大学病院へ通院していたのですが、
そのとき父の運転する車の助手席から、
この美女木ジャンクションができていくサマを
見続けることができました。

そして完成が近づいたころ、たいへん失望したのです。
「なんだこの貧相なジャンクションは」と。
(建設に携わった人には失礼ですが、
小学生(当時)のことですのでご容赦ください)

それはなぜかというと、美女木ジャンクションには
高速道路のジャンクションの形で一般的な、
クローバー型のランプウェイを持つジャンクションが
設置されるものと思っていたからです。

それも勝手な思い込みではなく、
子どもなりに根拠がありました。

それは、下の図の矢印の部分です。

bijogi1


新大宮バイパスに並行する市道に、
不自然なカーブがあります。

このようなカーブは、本線から分岐するランプウェイの
土盛りや橋脚をよけるために作られることが多いです。
とくにこの並行する道は、新大宮バイパスに伴う
周囲の区画整理によって作られたということが
想像されたので、なおのこと小学生は
「きっとここにはカッコいいジャンクションができる!」
と確信していたのです。

当時の想像はこんな感じ。

bijogi2

そのため、美女木ジャンクションは当初の計画から
構造を大幅に変更して建設されたのだと考えるようになりました。
理由は言うまでもなく、周囲の市街化です。
いかにコンパクトなジャンクションにするか、
という方向に変更され、それが5層構造という
変則的なジャンクションになったのだろう。

そう考えた小学生なのでした。

その後、道路趣味が一般化するとともに、
「美女木ジャンクション」でネットを検索すると、
膨大な情報が手に入ります。

しかし、だれもこの「幻の美女木ジャンクション」を
語る人がいない。
そこで、ここ数年、子どものころの仮説を立証しようと
コソコソと調べていました。
でも核心に迫るような資料は手に入りません。
数十年前の首都高や外環道の計画の資料など、
どうすれば手に入るのか。

そこで古い航空写真を漁ってみました。

1960年代の美女木付近の写真です。

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中央を南北に曲がりながら走る道がある以外は
幹線道路などはない田園風景が広がっていたようです。

それが1970年代になると

名称未設定 3

新大宮バイパスが開通し、周囲の区画整理も行なわれました。
以前あった道路はズタズタになっています。
そして、件のバイパスに並行する市道は、
やはりこの時期に作られていました。
区画整理なのだから、もしランプウェイの計画がないのであれば、
まっすぐでよいはずのところに、わざわざカーブがあります。
外環道の部分も空き地が続いていて、
用地買収されていることがわかります。

そして現在。

名称未設定 2

何事もなかったかのように、十字路型のジャンクションがあります。

航空写真の比較でわかったことは、
やはりバイパスに並行した市道は、
バイパス建設と同時期に区画整理で造られた道で、
わざわざカーブを作る理由があったのだろう、
ということまででした。

まあ福島にいながら埼玉のことを詳しく調べるのも難しいし、
わざわざこのことだけのために埼玉へ行くのも無理だしなあ、
と思っていたら、Twitterで情報が手に入りました。

クニヒロ@JOBAN_EXPWYという方から、
このような新聞記事を提供していただきました。
1993年5月31日の朝日新聞の記事だそうです。

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記事の中で、
「1985年の都市計画決定時には用地買収は難しいとの判断から、
クローバー形立体交差を断念。上の首都高と下の外環道との間に
十字型の連絡路を設け、平面交差にすることになった。」
とあります。

やはり当初はクローバー形の計画があったということです。

ただ、これが並行する市道のカーブと
関係するのかどうかまではわかりませんが、
小学生当時考えていた
「美女木にはクローバー形のジャンクションが計画されていた」
というのは間違いではなかったのです。

30年越しでそれがわかっただけでよかったです。

こういう道路への興味が、
湯本のトロッコ道探索や旧蝉峠の探索、
天栄村内の伊能忠敬日記から当時の村の
植生の記述発見等へ繋がるわけで、
人間何が役に立つかなんてわからないものです。

福島県内でも変な道を発見しているのですが、
これを掘り下げると黒歴史が見えてきたりして、
記事にしようかどうしようか迷っていたりもするのですが…

つづく

マイカーの整備

11月の終わりに、これまでのファミリアS-ワゴンに替わって
アルテッツァジータがやってきました。

色が目立つこともあって、集落内では
「車名なに?」「あれ外車?」「メーカーどこ?」
と何回も訊かれました。

車名:アルテッツァジータ
生産国:日本
メーカー:トヨタ
です。

YPS_3161

たしかにメーカー名もメーカーエンブレムもどこにも付いていません。
改造したからとかではなく、
もともとこのジータのベースとなったアルテッツァ(セダン)は、
まだ国内でレクサスブランドを展開していなかったトヨタが、
海外でレクサスISとして発売したものを、
国内向けに名前を変えて販売したものなのです。

アルテッツァは98年に発売され、そのハッチバック版「ジータ」は
2001年に登場。
2005年には二代目レクサスISが国内でも発売されたため、
アルテッツァはこの一代限りで名前がなくなりました。

YPS_3178

車好きでは知らない人はいないですが、
一般的にはマイナーで、しかもジータは不人気だったために希少です。
ファミリアS-ワゴンもマイナーでしたが、
街で見かける数でいったら、ジータの方が少ないかもしれません。

しかも黄色は全体の1%ほどしか生産されておらず、
全国でも数十台、現存しているものは20台もないのではと思います。

YPS_3186

最初のマイカー、スプリンタートレノは青で、
2台目のファミリアは赤、
3台目のアルテッツァジータは黄色。
信号か?

まあ目立つから悪さはできないですが、
出かけた先の駐車場で車を探すまでもなく目に入るのは便利ですよ。

とにかく不人気だったので、年式が古いこともあって
中古ではかなり安く手に入りますが、
購入した車は走行距離が6万キロとすくないのですが、
内装や外装に痛みが多かったため、なおのこと安く買えました。

金もないので、内外装や電装系の更新は自力でやります。
カメラの修理に比べたら怖くないです。

まず最初に気になったのが、ダッシュボードのベタ付きです。

DSCN0573

アルテッツァの後期型の持病として有名なのですが、
表面のゴム塗装が劣化して溶け、こすると削れて傷になるうえに
ホコリが不着。服に付いたら落ちません。

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ナビも古いしもともと使わないので、小物入れに交換したい。

納車後、時間を見つけて直していきます。

ダッシュボードのベタ付きは服が汚れるので、
早速分解開始。

ナビを外します。

YPS_2873

オーディオからセンターコンソールも外します。

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本当はハンドルを外した方がやりやすいのですが、
ファミリアと違って特殊な形のレンチが必要で、あきらめました。
2時間くらいかけて、ごっそり外しました。

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べた付きはエタノールで落とせます。
これまた2時間ほどかけてこすり落としました。

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その後、つや消し黒のラッカースプレーで塗装。
乾燥させた後、元に戻していきます。

きれいになりました。

YPS_3166

よく見ると粗がありますが、ふつうに乗る分には誰も気づかないでしょう。

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ナビがあった場所には、フタつきの小物入れを付けました。
ネットオークションで中古品を手に入れました。

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オーディオパネルをバラしたついでに、オーディオの移植と
USB充電ソケットの増設も行ないます。

どんな車にもスイッチパネルの空きがありますが、
そこにUSB充電ソケットを増設するキットです。

YPS_2879

オーディオの下のETCの横に、空きパネルがあるので、
そこに入れてみましたが、引っ掛かりがあってハマりません。

YPS_2880

やすりで削ってぴったりになったので、
エポキシ樹脂で固定。

YPS_2882

エアコン吹き出し口の下にも空きがあったので
こちらも少し加工してはめました。

YPS_3145

オーディオ下はシガーライターから、
エアコン吹き出し口下はヒューズボックスから
それぞれ電源を取って、ケータイを繋ぐと。

YPS_2971

きちんと充電できました。

オーディオは純粋にオーディオしか使わないので、
ファミリアで使っていたものを移植。
配線が面倒でしたが、ネットで調べてなんとかできました。

p2

しかしスペーサーのできが悪く、隙間があります。

p3

いちばん安いドアモールを買ってきて、

DSCN0693

隙間にはめ込みました。

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自分の運転を律するために付けているドライブレコーダーも、
ファミリアから移植。
電源はオーディオ裏のアクセサリー電源を分岐しました。

p4

ヘッドライトもレンズが劣化して曇っていたので、
クリアな中古品に交換。

DSCN0673

雪でよくわからないが…きれいになりました。

DSCN0678

狭い場所でラチェットレンチ使ったせいで、
手が傷だらけになりましたけど…

ドアバイザーも中古を入手。

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でもジータ用が見つからず、セダン用を流用したので、
リアドアは微妙に形があってません。
まあこれもだれも気付かないでしょうが。

YPS_3143

これでエアコン使わずに走れます。

気温が低いので本格的な外装直しは春まで待つとして、
樹脂パーツ部分の塗装が色あせていたので、
部分的に塗りなおしておきました。

ミラーカバーとか、ドアハンドル、リアスポイラーなどです。

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ワイパーアームも塗装が劣化して錆びていましたので、

DSC_0191

簡単に掃除して、つや消し黒塗装。

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(ワイパーだけ)まるで新品のようになりました。

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ナビを取り払ったのに「○○県に入りました」という声だけが聞こえるので、
ナビ本体も取り払うことにしました。

ナビ本体はトランクの内張を外すとあります。

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ナビを取り払ったところ。
この状態だと、ナビの音声を噛ませてある
オーディオの右スピーカーが鳴らなくなります。

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それもネットで対策を調べたところ、
配線4本を短絡させることで聞こえるようになりました。

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ナビのリモコンがあったところには、カップホルダを取り付け。

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アンテナも劣化してボロボロだったので交換。

YPS_2898

湯本写真館(YPS)のステッカーも。
以前は業者さんに貼ってもらっていましたが、
今回は大きさを控えめにして、自分で発注したら、
それまでの1/10くらいの金額でできました…

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駆け足でしたが、納車時よりだいぶ快適に乗れるようになりました。
まだまだ細かい部分で直したいところがあるのですが、
パテ盛りや塗装は温度が必要なので、春までおあずけです。

また、FRなので雪道の運転がどうかと心配でしたが、
意外と今のところ大丈夫です。
下り坂などはかえってFFより安定しているくらいです。
いざという時のためにチェーンも用意していますので、
大丈夫でしょう。

ファミリアはエンジン不調が心配で乗り換えましたが、
このアルテッツァの1G-FEというエンジンの
耐久性は有名です。
車両も品質のトヨタ車ですから、
長く乗れるように(といってもすでに15年落ちですが)
大事に乗りたいと思います。

つづく

英国村に残る旧日本陸軍の戦争遺構

郵便配達では毎回集荷に訪れるブリティッシュヒルズです。
神田外語大学が運営する、語学研修施設・観光施設で、
敷地内はさながら英国村。

そういえば螢と行ったことなかったなと思い、
2人で訪れてみました。

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螢はイギリス風の街並みに興奮気味ですが、
わたしの目当ては実はほかにあります。

これです。

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これは「観的所」の残骸です。
ブリティッシュヒルズや周辺の別荘地は、
戦中まで旧陸軍の軍馬を育てる放牧場でした。

軍馬の需要が減った後は、主に砲弾の射撃訓練場となっており、
砲弾の着弾を目視で確認するのがこの観的所だったのです。

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いまは木が茂っていますが、かつては牧場ですので
このドームの中から砲弾が飛んでくるのを見ていたわけですね。

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わたしが湯本に移住するきっかけになったのが、
実はこの陸軍の放牧場に関する研究でした。

下の写真のように、この地区には放牧場の土塁が
いまでもたくさん残っており、これも調査したのですが、
観的所が残っていると知ったのは湯本へ移住後で、
今回初めて見ることができました。

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かつての日本の軍の遺構が、連合国であるイギリスを模した施設内にある、
というのはなんとも屈折しておりますが。

螢にも説明しましたがいまいちピンと来てないもよう。
施設内の喫茶店でケーキを食べてご満悦。

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ブリティッシュヒルズ内では英語しかしゃべってはいけないことになっており、
螢も「Thank you!」といってお店を出ていました。

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ブリティッシュヒルズへいらっしゃる際は、
ぜひこの観的所もご覧になってみてはいかがでしょうか。
場所はあえてお教えしません。
園内の散策がてらどうぞ。

つづく

湯本温泉八幡神社例祭

11月15日は、湯本の温泉八幡神社(ゆぜんさま)の例祭です。

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五反旗の先には菊の花が飾られます。

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湯本の温泉に感謝するお祭りですが、
湯本幼稚園の七五三参りも兼ねています。

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うちの子もお参りしました。

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祈祷が終わったら集まった人たちに餅まき。

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自分たちの集落の温泉を守るためのお祭りなので、
まったく対外的に告知したりしていません。
でもこういうことがいちばん大事なんですよね。

地域に生きるということは、こういうことなのだと思います。

つづく

湯本幼稚園の防火パレード

11月14日、湯本保育所時代から恒例の、
湯本幼稚園幼年消防クラブによる防火パレードが
湯本集落内で行なわれました。

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在籍児童2名ですが、二人とも大きな声でがんばっていました。
動画もどうぞ。



超少人数教育、個別指導、世代間交流。

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待機児童ゼロ、田園回帰、田舎暮らし、移住定住。

湯本は時代の最先端を行っていると思います。

つづく。

湯本文化祭

まだ11月の記事が続きます。
どんだけサボっていたのかという。

今年も湯本文化祭は盛大に開催されました。
湯本地区合同運動祭とこの湯本文化祭は、
湯本地区の世代間交流を象徴する温かい催しです。

わが子ものびのびと演技していました。

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いまになってヒーロー戦隊モノにハマってます。

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なぜかルパンレンジャーとドラえもんが芋ほりをするという劇。

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わたしはというと、撮影とピザ体験とバンド出演でてんやわんや。

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去年からじゃまな木切っ会で始めたピザ体験。
今年はよりスムーズにやれるよう、万全の体制です。

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ブルーベリー農家上野さん提供のブルーベリーチーズピザも美味。

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薪で熱した窯では、あっという間に焼きあがります。

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こんな感じで体験してもらったのですが、
出し物が押した関係で昼休みが短くなり、
みなさん昼食を食べるのに精いっぱいで、
ピザ体験をする時間がなかったようで…

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食材がかなり残ったので各自持ち帰りました…
来年に期待。

バンド五ツ星は今年も出演しました。

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陽介君、風邪でのどの調子が悪いはずなのに熱唱。

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わたしは細川たかしをドラム弾き語りで熱唱。

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五ツ星はゲストミュージシャンを毎回呼んでいますが、
今回は村のアシスタント・イングリッシュ・ティーチャーの
2人を招いて、ABBAのダンシング・クイーンを
歌ってもらいました。

IMG_9482

予定が合わずバンドとは一度も合わせられなかったのに、
ぶっつけ本番でなかなかの完成度でした。

IMG_9489

ゲストはもう一組。
わたしも一緒にやっている「湯本塾」メンバーが、
福島県内で活動する歌手AVE(エイヴ)の「福の歌」を
湯本版の替え歌で披露。



ドラムとギターには小学校の先生2名も加わっていただき、
わたしはベースを初披露。

IMG_9499

今年も温かく盛り上がった文化祭なのでした。

湯本文化祭は地域の人たちの工芸作品や農作物の展示があったりしますが、
やはりメインは幼稚園、小学校、中学校の発表です。

実は「バスで通えるなら地域に学校はなくてもよいのでは」
という意見が湯本の中にもあるのですが、
学校がなくなるということは、芋づる式に
こういう行事もすたれていくのだと思うのです。

やはりいいものはいいと、発信し続けていきたいと思います。

つづく

みちのく薪びと祭に参加

薪に関わる人、薪びとが集うイベント、
第5回薪びと祭は、秋田県能代市が会場でした。

実はわたしは当初企画から関わっていたのですが、
その後警備が一人体制になったり、
イベント1日目に写真の大口の仕事が入ってしまったりして、
結局2日目のみ日帰り参加になってしまいました。

写真の仕事が終わったのが夜の11時ころで、
それから出発して、現地に着いたのは朝の8:30でした。
眠い。

DSCN0605

ここは能代市二ツ井地区。
二ツ井宝の森林(やま)プロジェクトのみなさんの、
抽選会のようすを見学させてもらいました。

DSCN0610

会で管理している山の、どの区画を伐採するかを
抽選で決めるのです。

DSCN0622

区画にはこのように番号が付けられており、

DSCN0638

抽選で決められていくのです。
作業道に近い場所、傾斜の緩い場所などが人気だそうです。

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木の伐倒の実演も。
切ったとたんにみな集まってきて、議論が始まります。

DSCN0634

木を通じて、初対面でもこれだけみんな盛り上がれるという。

DSCN0635

印象深かったのは、山や地域をこうしていきたい、という
ビジョンをしっかりと持って活動していたことです。
毎度ながら、刺激の多いイベントです。

DSCN0640

もし初日から参加できていたら、岩手県遠野のみなさんと
「まきまきロック」の演奏で盛り上がっていたはずなのですけどね…

今年は青森県が会場とのことで、
スケジュールと体調を整えたうえで参加したいと思います。

つづく

湯本小学校・湯本幼稚園で自然観察の講師

湯本小学校からのご依頼で、学校周辺の自然観察会をしました。
ただ観察するだけではなく、落ち葉で図鑑も作ってしまおうという計画。

DSCN0590

ミズメやサンショウ、クロモジといった香りのある木や、
まだ実がついていたハナイカダなどが好評でした。

幼稚園児が作った図鑑はこちら。

DSCN0594

子どもたちと楽しい時間を過ごせました。

つづく

湯本じゃまな木切っ会で小学校の枝払い

湯本小学校から、湯本じゃまな木切っ会に依頼が来ました。
サクラの木の枝払いです。

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新入会員も加わって、少しですが活動が活発になっています。

DSCN0585

活動の一番の受益者は、彼らかもしれないですが。

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つづく

来年はどこへ向かうのか

大晦日です。
一年早すぎてわけわかりません。

2018年の私的3大ニュースですが…
1、郵便配達の仕事を始める
2、実家の両親が管理人という形で、古民家シェアハウスが地味に始動
3、体重が80キロを切る

この3点でしょうか。
非常に小粒というか、低迷の一年ということが表れています。

DSCN0597

1の郵便配達の仕事ですが、10月から始めました。
もちろん生活のためです。

これまでも大して仕事のない写真館や、
いつ出動がかかるか気が気でない警備会社の駐在員をやっていましたが、
それだけではさすがに生活が厳しく、
それらに追加する形で、週2日、配達をすることになりました。

実はそれを始めるのとほぼ同時に、2人体制だった警備が、
1人体制になり、自宅待機は週6日になっていました。
それに2日間の郵便配達で、週8日働くという、
意味不明な状況に。

実際には契約上の警備の勤務日数は15日/月で、
それ以外の日は出動があったら緊急出動扱いとなっているので、
労基法上の問題はないのですが、精神的には落ち着きません。

メリットといえば、酒が飲めなくて健康的で、
いやな酒席も堂々と欠席できることくらいでしょうか。

YPS_1591

郵便配達の仕事自体は、配達先に知人が多いですし、
地域に必要な仕事なので大きなやりがいを感じます。

そして郵便局で働くということは、
仕事自体が少ないこの地域にあって、花形です。
ですから、地元の人から
「昇君、局で働けるようになったんだって?よかったなぃ!」
と、何人からも言われました。

しかし、わたしはそう言われるたびに、寂しい気持ちになります。
なぜかと言えば、一般の企業に勤めることは望んでいなかったからです。
誤解のないように説明しておきますが、
それは郵便局の仕事だからというのではなく、
それがトヨタや電通や、国家公務員だとしても同じです。

東北大の研究員の任期が切れた後、地元企業の人や他の地域の人から、
「うちで働いてくれ」と仕事に誘われました。
中にはこれまでの経験を活かせる仕事、
とくに文化行政に関係する職場からの誘いには大きく心が揺れましたが、
そういうものはすべて断って、湯本で農業に挑戦したり、
NPOの立ち上げをしたりしてきました。

YPS_2000

はっきり言って、企業に勤めるのは楽ですし、
その方が生活は安定します。
でも、私がいちサラリーマンとしてここで暮らしたところで、
衰退が目に見えていた湯本の状況を好転させることはできません。
なりわいを生み出したり、地域おこしを担う新しい組織を作ることが、
縁あって湯本に住むことになった私のやるべきことと思って、
これまで試行錯誤をしてきました。

それがいよいよ限界になってきたということ。
それのどこが、「よかった」のでしょうか。
そして、「よかった」と言った人たちは、
もちろん本気で私の生活を心配して言ってくれたのだと思うのですが、
結局私がやろうとしていたことは、
きちんと理解してくれてはいなかったのだなと思ったのです。
寂しい。

YPS_2024

NPOさえ立ち上げれば、地域活性化を仕事にできるかもしれない。
いろいろなことができるだろうなと思った時期もありましたが、
結局のところ組織をマネジメントする能力などわたしにはなく、
現状維持が精いっぱいです。

まあこんなネガティブなこと書いても誰も得しないので、
少しよいことを。

2の古民家シェアハウスです。

湯本には当然旅館があるわけですが、
高校生や大学生がボランティアや研究で来た時には、
どうしても宿泊費がネックになります。

これにはいつも頭を悩ませていたのですが、
集落にあった空き家を学生の簡易宿泊施設や、
若者向けのシェアハウスとして利用できないかと考え、
今年になって、私の実家の両親に管理人になってもらう形で
整備しました。

実績として、馬頭観音祭のときに来た高校生ボランティアの
宿泊先として利用してもらいました。

これをきっかけにして、集落や旅館に迷惑をかけない形で、
若者が気軽に地域に入ってもらえるようになるといいなと思います。
今後も両親とともに制度作りを進めていきたいです。

YPS_2364

3の体重減少も、非常に個人的なことですが、まあいいことでしょうか。

実はこの体重減少には理由があります。
私は湯本に来る前にストレス性の下痢と不眠がひどかったため、
いろいろな薬を処方されて飲んでいたのですが、
湯本で暮らして徐々にこの薬が種類・量ともに減り、
今年の夏にいよいよ下痢止めだけになりました。
するとこれまでなかなか抑制できなかった食欲が減退し、
体重が減ったのです。

主治医にそのことを話したら、
たしかにこれまで飲んでいた薬の中に、
食欲が過剰になるものが含まれていたそうで。

湯本に来てから18kg以上体重が減り、
20歳のとき以来19年ぶりに80kgを下回りました。

YPS_2763

それでも腹がぶよぶよしているのは、
脂肪より筋肉が減ったからでしょうか。

この冬は息子もスキーをやる気満々ですので、
一緒にたくさん動きたいと思います。

ネガティブになりがちな昨今ですが、
家族との日常が救いです。

来年はどこへ向かうのか。
それは自分の心の持ち方しだいなのでしょうか。

更新も不定期、ネガティブなことも多いこのブログを
ご覧いただいたみなさまに感謝しつつ、
来年も腐らず進んでいきたいと思います。

つづく
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