天栄・湯本 でどやま物語

これは都会しか知らない若者(だった)著者が、研究で訪れた山村での暮らしに感化されて、地域活性化に取り組み右往左往する物語です・・・

Author:星 昇(ほししょう) 旧姓富田。

博物館学芸員、フリーカメラマンを経て
2009年に大学の研究員として福島県天栄村湯本に移住。
震災直後の2011年5月には地元の女性と結婚し、
「星昇」というベタなアイドルのような名前になる。
現在切り花用リンドウ農家をするかたわら、
地元密着型の写真館や地域活性化のNPOの運営に携わっています。

専門は植物分類学。里山の歴史と資源利用。ネコノメソウ命。

それでは、はじまりはじまり・・・

家族でいろいろ文化体験

3月は警備が二人体制に移行中で、
少しずつ外出ができるようになりました。

螢が「ブリューゲル展行きたい!」と言っていたら、
ちょうど湯本公民館の「芸術文化号」が
ブリューゲル展見学だったので、参加しました。

行きの空に「吊るし雲」が。

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美術館に着きました。
数年ぶり。

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記念撮影コーナー。

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この最後のスペースは撮影OKということで、

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ここでも記念撮影しました。

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美術館、飽きたりしないか不安でしたが、
最後まで楽しそうでした。

美術館の後は安積疎水の資料館である「開成館」の見学。

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ここはわたしが来たかった場所です。

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螢も楽しそう。

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疎水が通る前の村絵図には、
「不毛」の文字が。

疎水がいかにこの地を豊かにしたかがわかりますね。

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かつての写真では、山がほぼ禿山です。
これがかつての里山の姿。

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同じ3月、家族で白河の「まほろん」にも行ってきました。
ここも螢のお気に入りの場所です。

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馬の模型に乗ってご満悦。

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カイコのまゆを使ったお雛様づくりにも挑戦。

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できました。

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館内のクイズラリー。

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外には昔の住居や古墳が再現されています。

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古墳の上で景色を楽しんでいます。

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買い物ついでにちょっと寄れる場所にあるのでいいですね。

こんどは須賀川の博物館なども行ってみたいなあ。

つづく

宮城県川崎町「百(MoMo)」の取り組み

この冬は警備が一人体制のうえに郵便配達を始めて、
休日という日がほとんどなく、
精神的なゆとりがなくなっていました。

そんななか、東北大の恩師に相談をするために連絡を取ったら、
「いま川崎町で若者が新しいプロジェクトをやっているから、
そこで刺激をもらってくるといい」と言われました。

恩師のところでいろいろお話をした後に、
川崎町へ。

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川崎町では以前から「川崎町の資源を生かす会」が活動しており、
わたしも交流がありました。

そこへ地域おこし協力隊と東北大学の研究者が来て、
「食料とエネルギーの自給が可能なコミュニティの形成」を目指す、
「百」という組織を立ち上げました。

この日川崎へ着いたのがちょうど夕飯時で、
いきなり夕食に混ぜてもらったのですが、
彼らの勢いと熱意に圧倒されました。

みな海外での滞在経験も豊富で国際感覚もあり、
話すことはとてもロジカルです。

そんな彼らが東北の山村で、自給コミュニティ形成に着手する。
わたしはなんだか新しい時代が始まる現場に、
たまたま居合わせた凡人、といった感覚になりました。

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そこでわたしが研究していた里山の歴史について少し話したのですが、
これにかなり関心を寄せてもらい、
また植物の知識なども彼らが必要だということで、
今後もちょくちょくお邪魔して、
プロジェクトに関わっていく約束をしました。

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川崎町は、湯本に似ている部分が多いんですね。
温泉があるし、雪が多いし(今年は雪不足でしたが)、
別荘地もあるし、都市からの距離も似たようなものです。

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とにかく彼らの勢いと熱意がすごいです。
すでに町内の山林を買取り、
そこの木を使って
ゲストハウスを建設する準備を始めています。

「失敗するはずがない」と断言していました。

気持ちがふさぎがちな昨今でしたが、
ここで受けた刺激はかなりのもので、
心が揺さぶられましたね。

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元気をもらいに、
これからもお邪魔したいと思います。

つづく

湯本塾と大学生のコラボ

わたしも参加している「湯本塾」が、
新たな展開を模索しています。

2月には福島大学や、首都圏の学生の集まりNPO法人きたまると
共同でイベントを開催しました。

旧羽鳥小のライトアップのようす。

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一日目はわたしは郵便配達をやっていてあまり参加できませんでしたが、
二日目はスノーシュー散策の案内。

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後半は「肥やし袋」を使ったそり滑り体験。

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息子も「やりたい!」と言い出し…
不安だ。

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わー、滑った。

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事故?

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無事でした。

お気に入りの大学生のお姉さんと手を繋ぎ。

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今後は学生さんに主体的にかかわってもらい、
地域を人材育成や学びの場、それこそ「塾」のようにして
盛り上げていけないかと、みなで議論しています。

つづく

学校スキー大会と幼稚園親子のふれあい

雪国ならではの暮らしぶり。

小中学校ではスキー大会があります。

中学生が選手宣誓。

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みんな上手です。

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ここでも湯本小中学校がいつも優勢。

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幼稚園でもスキー場で「親子のふれあい」。

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雪国の冬を満喫しています。

つづく

ニコンのド派手ストラップ続報

以前ご紹介したニコンが90年代に作っていたド派手ストラップ。

ついに全部集まってしまいました。


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それがこちら。

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左から、
ファンタジーレッド
ファンタジーブルー
オーロラカラー
ピーコックパープル
ピーコックピンク
ピーコックブルー
です。

カラーチャートのようだ…

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ネットで調べても、これをコンプリートした人って
たぶんいないです。

だからなんだ。
ストラップあっても付けるカメラないし。

つづく

冬の年中行事

冬の年中行事といえば、湯本では
さいの神やお日待ち講、初午などが残っています。

今年はうちがお日待ち講の当番、「当元」だったので、
会場準備などをやりました。

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以前は当元の自宅でやったそうで、
ふるまい料理なども作ったりと大変だったそうですが、
現在は集会所で、折り詰めで、かなり簡略化されています。

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お供えの内容と置き方も、次回のために写真で残しました。

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神主様を呼んで、祝詞を上げてもらったります。

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初午(はつうま)は、各家々でやる行事。
氏神様に錦の旗を飾って、子どもの成長を祈ります。

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春はまだか…

つづく

滑れないスキーを教えるぜ

26歳で始めたスキー。
まさか雪国で子育てするとは想像もしていませんでした。

雪国では小学校から学校でスキーの授業があります。
春から小学校に通う息子にスキーを教えねば…

ということで、村内に2つあるスキー場に、
できる限り親子で出かけて、練習しました。

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今シーズンは雪が少なくて、スキー場は大変だったと思います。
息子はレストランでの食事が楽しみだったりするのですが。

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まあなんとかボーゲンで直滑降はできるようになりました。

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子どもは覚えるのが早いものだ。

つづく

正月は川越とか

4月に正月の話題ですみません。

今年もしめ縄は手作りです。
年一回だからいつまでたっても上達しません。

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正月料理。
湯本ではおせちとは言わないし、
重箱にも入れません。

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おせち料理の歴史も調べましたが、
大して歴史のあるものではないみたいですね。
湯本の正月料理のほうがよほど歴史がありそうです。

正月は警備の休みをもらい、埼玉の実家へ帰省しました。
実家へ行く前に、川越観光。

氷川神社は初詣の行列が長すぎてあきらめました。

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川越に来たのは十数年ぶりです。

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古い建物や路地も残っていますが、
個人所有の民家はやはり維持が大変そうです。

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狭山?

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氷川神社で敗北したので、初詣は熊野神社にしました。

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八咫烏?

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螢は輪投げで学業運をゲット。

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夕方になったので実家へ向かいました。

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川越が人気だというのはなんとなく聞いていましたが、
かなりあか抜けた観光地になっていました。

表通りは人であふれ、どこかで見たような街並みになっていますが、
一歩裏を歩くと、古い民家などが残っていて、
個人的には裏通りの散策が楽しかったです。

つづく

年末旅行はいわきへ

まだまだ昨年の話題です。

毎年年末になるべく家族旅行に行くことにしているのですが、
昨年末はいわきへ行ってきました。

いわきへ決めた理由は、民話が好きな螢が
「いわきの「おな石ばあさん」見に行きたい!」
と言ったためです。

「おな石ばあさん物語」とは、漁に出た子どもを待ち続けた老婆が
石に変わったという物語です。

その石を見に行くだけではもったいないので、
いろいろ立ち寄ってきました。

最初に行ったのは、田人(たびと)にある「MOMO cafe」。
猫がいるおしゃれなカフェだそうです。

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着きましたが、これはやっているのか…?
ひと気のないカフェは廃屋のようにも見えるし…
でも猫はいる。

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着いたのが早すぎたらしく、
しばらく待っていたらオーナーが出てきました。
人がいると、廃屋と思っていた建物が
急におしゃれに見えてくるから不思議なもので…

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店内もシンプルでおしゃれです。

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建物自体は本当にボロくて(失礼)質素なのですが、
置いてあるものや本のチョイスにセンスを感じます。

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妻と「これ、湯本でもやればできるよね」と話しました。
古い建物はあるし、立地も山の中だし。

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結局は経営者のセンスしだいなんですね。
センスのある人は、場所を選ばずお客を呼べる店ができる。
自分にそういうセンスがあれば…

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昼食を食べ終わるころには、店内はお客でいっぱいになっていました。

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次に行ったのは勿来の関。

勿来に関所があったことは知っていましたが、
その時代とかいわれは予備知識なく行きました。

資料館もあったので見聞きしたら、
かなり古い時代に廃止された関所で、
都から遠く離れた地で、当時の貴族たちの
ロマンを掻き立てる対象だったようですね。

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勉強になりました。

さて、次は螢がいちばん来たがっていた、
「おな石」に到着です。

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「おな石入り口」から山に入っていきます。

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想像していたより本格的な山です。
歩く靴で来ていなかった妻はこの辺りで離脱。

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息子と山頂まで上がりました。
すると螢が「こわい!」と言い出し、
石に近づこうとしません。

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遠くに太平洋が見えます。
遠巻きに立つ螢。

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「ほんとうのおばあさんみたい!」
「もう来ない!」

なんだよ…

このままホテルへ行ってもよかったのですが、
少し時間があったので妻の希望で
閼伽井嶽(あかいだけ)薬師というところへ足を延ばしました。

いわき駅の裏手から山道を車で走ること20分ほど、
この山奥によくこれだけのものを築いたものだ、という
立派なお寺が現れました。

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お堂も立派です。

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多宝塔もあります。

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妻は御朱印をもらい、螢はおみくじを引いていました。

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泊ったのは螢が1歳の時にも泊まった「かんぽの宿いわき」です。

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螢は覚えていなかったですが、
オーシャンビューや大きな浴場にあらためて喜んでいました。

2日目。

晴れました。

白い建物がかんぽの宿です。

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すぐそばの海岸へやってきました。
写真を撮ったり、貝を拾ったり。

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その後、小名浜へ移動し、こちらも数年ぶりにアクアマリンふくしまへ。
いろいろリニューアルされていました。

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螢も興奮しながら見ていました。

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いろいろ刺激を受けて、育ってもらいたいです。

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この後、小名浜のイタリアンで昼食を食べ、帰路へ着きました。

次は、新年の話題かな。

つづく

地域は本当に困っているんですか?

※今回は写真は記事の内容と無関係です

前回の記事で紹介した「関係人口セミナー」の、
後半は首都圏からの参加者のみなさんと
天栄村、特に湯本地区の人たちと共同のワークショップでした。

そこでわたしが、参加者のある方から言われた
衝撃的な言葉をご紹介したいと思います。
その言葉によって、わたしの考えが一気に開かれたと同時に、
現在も続く自問自答が始まりました。

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ワークショップでは、参加者がいくつかのグループに分かれ、
①村のいいところ ②村の困っているところ ③自分が村に関わりたいこと
といった3点について、意見を出していきました。

まず「村のいいところ」ですが、
湯本の場合は温泉があったり自然があったり、
住民同士の助け合い、治安のよさ、食料自給など、
たくさん挙がりました。

そして問題だったのは「村の困っているところ」です。
わたしの横に座っていた東京からの参加者の男性が、
「村の人って、何か困っていることあるんですか?」
と言ったのです。

聞いた瞬間、わたしも「この人は何を言ってるんだろう」と
思ったのですが、その方は続けます。
「食べ物は自分で作っている、環境はいい、治安もいい。
それで困っているって、よくわからないんですけど」

それを聞いて、わたしはカミナリに打たれたような衝撃を受けました。

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確かにそうなんですよ。
生きるうえで必要なものはそろっています。
食料、燃料、水はある。
治安はいい。
子育てしやすい。
仕事だって通える範囲でたくさんある。

もちろんわたしも移住してきたとき、
そうした良さに気づいて定住を決めたわけですが、
なんとなく「地域は困っている」と思っていました。

でも実際に暮らしていて困ることってあまりない。
ないどころか、都会に比べたら
泥棒や不審者の心配はないし、
大災害や戦争が起きたって絶対に飢え死にしないし、
子育て・教育環境だって断然優れているし…
はっきり言って、地域は都会に比べてかなり「恵まれてる」のですよ。

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でも、世間的にも「地域は困っている」っていう
イメージですよね。
わたしも「地域を何とかしなきゃ」と思って
ずっといろいろ活動をしてきたわけで…
ただ、冷静に考えると、「何」に困っているか、
ということを深く考えてこなかったのかもしれない。

その男性の発言を聞いて、それに気づいたのです。

もちろん、個人個人はさまざまな悩みを抱えて暮らしています。
ただそれは地域も都会も同じです。

地域特有の問題、と考えると、
車を持っていない人は買い物が不便だったりとか、
一人暮らしのお年寄りは雪かきが大変だったりとか、
そういうことはあります。

でもそれもご近所や親せきの人たちが手助けしたりして、
いまのところなんとかなっています。
今後も、例えばネットを利用できる人が
買い物を手助けするなど、新しい解決策も考えられます。

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ではこの「なんとなく困っている」感覚の正体は何なのか。

よくよく考えていくと、おそらく、
「いまのこの困っていない暮らし、恵まれた暮らしが
人口減少によって失われるかもしれないという不安」
ということに集約できるのではないかと思うようになりました。

農業や治安維持に重要な住民同士の助け合いも、
隣近所がいなくなってはできません。
住民がいなくなれば、公共施設や行政サービスも削減されます。

つまり、「人口減少」こそがこの漠然とした不安感の源であり、
もっとも対策を講じないといけないことなのだと思うのです。

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こう思ったとき、かなり自分の考えが整理できました。

都市に比べて出生率の高い、地域での人口減少は、
国全体の少子化のように自然減で起きるのではなく、
都市への人口流出によって起きています。

この人口流出の原因は、
地域が「恵まれている」にも関わらず起きていることから、
合理的に説明するのが難しく、
地域自体に問題があることよりも、
単に住民の「都会への憧れ」が
原因の大部分を占めていると思われます。

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自分の考え方が他人の意見によって180度変わることなど
滅多にないことを考えれば明らかなように、
他人の趣向、志向を変えることは困難です。

都会志向の地域住民が地域の魅力を再認識して
また村に戻ってくることは、
よほどのことがない限り難しいでしょう。
(身近な知人で震災をきっかけに湯本の良さに目覚めた、
という人はいますけど、やはりとても希な例です)

それよりも大事なことは、
いま地域に暮らしている人たちに感謝し、大事にすることと、
湯本の「恵まれた暮らし」を理解した上で、
住みたいと言ってくれる仲間を作ること。
この2点なのだなと。

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この中でわたしができることというのは、
湯本での「恵まれた日常」をこれまで以上に発信すること。

「仕事、なりわいを創出しないと」とか、
これまで少し自分の能力以上のことを、
できもしないのにやろうとしていたと思います。

少し原点に立ち返って、湯本のふつうの暮らしが
いかに恵まれているかを、自分を媒体として、
地域に暮らしている人たちや、
田舎暮らしに関心を持つ人たちに伝えること。
このあたりに集中していこうかと思いました。

とは言いつつ、
ほかにもこまごまとしたアイデアはあるんですけどね。
やれる範囲で、コツコツと進めたいと思います。

つづく
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